>> TREND-ANTIQUE >> [ * La Musica moderna al Palazzo d'Inncichi ]

La Musica moderna al Palazzo d'Inncichi

ここでは、イッンチーキ宮廷における21世紀初頭の音楽受容について、当時の報告や論説など、貴重なw歴史的資料を収集しています。

17. テクストの記憶装置としての音楽

[ 2006-10-14 09:03 ]

... この、テクストの記憶装置としての音楽について、彼は、これに続く章で、次のように書き記している。

『 ... ここで私が指摘したいのは、テクストを記憶する技法としての音楽の在り方である。これは特に教会でのラテン語の作品によく当てはまる。音楽は、その瞑想を通じてテクストを心の中に視覚化し、その展開の順に言葉を配置して、その言葉の1字1句を記憶するために存在する、と考えられるのである。音楽は、第1義には、記憶のための修辞的装置であり、音楽の美しさは、あくまでその効果を高める装飾であるに過ぎない。... 』

もっとも、この方法の対象が、聖書の本文やその他の文学的・哲学的なラテン語作品ではなく、聖歌として定められた特定のテクストだけに限られたことを考えると、散文的な大量の文章の記憶には適さないことが分かる。

こうした音楽は、記憶に優れた学者向けではなく、あくまで一般の多人数の参加者向けのものであり、それゆえに、典礼書に定められた特定の同じテクストが、記憶への "刷り込み" のために繰り返し作曲され、演奏された。...

16. 2つのグリゼルダへの8つの視点

[ 2006-10-06 01:03 ]

I. プロデュース :
シリアスな知的文脈の中で、ドラマの可能性を追及したザウアー氏・ローバー博士に対して、手軽で切れ味のあるファッション性をプッシュするロワスィル氏。

II. ディレクション :
官僚的な冷たさで、劇場的スペクタクルを演出するヤーコプス氏に対して、バンドのようにアンサンブルを煽るも、情緒的な表現が出色なスピノージ氏。

III. 台本と改変 :
風格ある表現を用いて、詩学的な可能性を優先したゼーノ氏に対して、よりシンプルな台詞を用いて、筋を自然に説明しようとする若き日のゴルドーニ氏。

IV. 作曲と様式 :
繊細さと大胆さで、老練のバロック様式を展開する1721年のスカルラッティ氏に対して、早くもギャラントの優美さへと踏み込む、1735年のヴィヴァルディ氏。

V. 歌手とアリア :
キャラクタライズされ、あくまで物語の枠内で歌うトロ・サンタフェ氏たちに対して、華麗なるジョイント・リサイタルと化しているジャルスキ氏たち。

VI. レチタティーヴォ :
フィゲイレド氏・野入氏の音楽描写による実験劇場に対して、スピノージ氏にとっては、さっさとアリアに行き着くために、消化するべきテキストに過ぎない。

VII. アートワーク :
あれこれと狙った挙げ句に、中途半端さが目立ってしまった MAG に対して、神秘的な深いブルーを用いて、静的な彫像を作り出したルーヴル氏。

VIII. これからの展望 :
ヤーコプス氏は、名作路線に寄り道するよりも、その力量をどんどん新しいレパートリーに向けるべきだ。スピノージ氏の表現は、向上しているが、変わり映えは無く、新展開がなければ、オペラは今回の第3作あたりまでが無難と言える。

15. "... Eine Coproduktion mit WDR 3"

[ 2006-10-04 19:58 ]

Westdeutschen Rundfunk Köln の音楽部門 WDR 3 は、Klaus L. Neumann、Dr. Barbara Schwendowius、Dr. Richard Lorber を中心に、"新しい古楽" をリードする、"思弁的音楽家たち" が集まるところです。

彼らは、様々な音楽家、様々なレーベルと共同制作を行います。そして、かなりの頻度で、それを見事な成功へと導きます。

第1には、彼らの参加によって、その音楽作品を取り上げる意義、その制作の持つ録音史的展望が、聴こえる音楽そのものによって、明確に提示されます。

第2には、彼らの参加によって、的確なレーベル・演奏家が選択され、また、そうした共同制作者には、明晰な音響によるクオリティの高い仕事が要求されます。

WDR ないし WDR 3 のロゴが捺された制作は、そうした意味で、知的・芸術的な問いかけであり、企てであり、聴こうとする者を無言のうちに威圧します。

WDR 3 - Das Kulturereignis ... (WDR 3)

14. ピーヴァ氏のジェラート・ディ・ガルッピ

[ 2006-09-27 21:28 ]

露天商の売るジェラート。... ありふれていて、安っぽくもあり、とび抜けて美味しいというほどでもなく、しかしながら、その都合の良い甘さと、気分的な心地よさに、なんとなくつい、買ってしまう...

そんなオペラを提供してくれるのが、フランコ・ピーヴァ氏と、インテルムジカ・アンサンブル、そしてそのなじみの歌手たちによるオペラシリーズです。

ゴルドーニ氏とガルッピ氏による一連のオペラ作品の中でも、とりわけ名声の高い、"月の世界" 、"逆さまの世界" 、"田舎の哲学者" の3作が、ご機嫌でお気楽な適当さと、その割には行き届いた心遣いで、加減良く音楽化されています。

ここでもまた指摘できるのは、舞台と客席との "適切な距離" です。というのも、喜劇とは、爆笑を誘うものでもなければ、人間性を生き生きと描くものでもなく、シンプルに愉快で心地のよい "お芝居" なのですから。

... それ以前の日付が記された資料

13. 太陽弦楽四重奏曲集についてのディアローグ ( 散逸 )

12. 「クイケンだって?何をいまさら!」 ( 散逸 )

11. プロデューサー、"思弁的音楽家" たち

10. 古楽とは何か、を知りたいと思うなら

9. チマローザ氏の "秘密の結婚" に寄せて

8. 私たちの国のマーケットの様子 ( 散逸 )

7. イタリア・オペラ史、または、借金は返された ( 散逸 )

6. ルポルタージュとしてのアーノンクール

5. "新しい古楽" での、聴き手の姿勢について

4. ネーメト氏のガルッピ・プロダクション ( 散逸 )

3. ATMA classique によるカナダの日常 ( 散逸 )

2. ヨハン・アドルフ・ハッセという美しい幻

1. フリジェシュ・シャーンドル氏の先見 ( 散逸 )